「まずは身近な自然に目を向け、その美しさや不思議に驚き、自然を見つめる日々を楽しいと感じるところから、始めるといたしましょう。」

本書のプロローグはそのようにしめくくられ、野山の散歩が始まるかのようにいざなってくれます。さぁ、あなたの身の回りにはどんな雲が浮かび、どんな風が吹いて、どんな草が揺れているでしょうか。宮澤賢治の世界と自分のいる場所の自然が繋がってゆくような仕掛けの本です。

木の芽、朝露、鳥の声、花や雲や風や川...
宮澤賢治の物語や詩で描かれる自然の姿は、自然の実際の営みに心を寄せて見つめたときに自然が見せてくれるハッとするような美しさと、それを宝物のようにこよなく大切に思う気持ちとが合わさったもので、ただのファンタジックな空想ではないことがとてもよくわかります。

たとえば、”チュウリップの光の酒”はチューリップの上に立ち昇った陽炎であり、「つぼみのなかでなかの空気が温められると、花びらの内側だけが伸びて開きます。空気は、温度によって密度や屈折率が変わるので、花のうえで内外の空気が混ざり合うと、光が揺らいで陽炎が起こります。もちろん陽炎が起きても、チューリップの緑の茎は震えません。」と著者の澤口たまみさんが解説しています。
春の陽だまりのなかでチューリップの陽炎を見たくなってしまいますね。

宮澤賢治の教え子たちから見た彼の姿、在り方、言葉などを通してどんな風に自然を見て、関わっていたかも伺い知ることができます。川にりんごを落としてしぶきの中にちいさな虹ができるさまを大喜びしていたエピソードはなんとも可愛らしいです。

著名な植物写真家や菌類写真家たちによる写真や著者自身の写真もとても美しく、呼吸が鎮まり深くなるような感覚になりました。朝の光の中でも、電車の中や喫茶店でも、寝る前に手に取るのも、いずれも心地よい時間をお楽しみいただけると思います。

宮澤賢治や自然が好きな方への贈り物にもおすすめです。

著者　澤口たまみ
発行　山と渓谷社
頁数　203頁

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