まえがき
ここは山の国。
そんなことは小学生でも知っていることだ。しかし、その山に多くの人が生まれ育ち、子どもを育て世代を重ね、そして果てていったことにまで思いを至らすことができる人が、どれほどいるだろうか。
山の仕事もしかり。山を活かし活かされ、山とともに仕事をまっとうした人は数限りなくいたはずだ。しかし、その様々な職種を想起できる人が、どれだけいるだろうか。
幾山谷を越える脚力。数千の木を倒す腕力。暑さに耐え寒さに耐える胆力。そして、深く深くどこまでも思考を尽くす智力。日が昇り沈むまで、草木に寄り添い突き放し、地形をなぞりねじ負かし、季節にうなずき謀反する。尽きるところは、まきに山に一輪咲き誇る肉体と叡智の職人。そんな生き方、働き方をしてきた人々が、それこそ文字どおり山のようにいた、ということを想像できる人は、どれだけいるだろうか。
山の写真を看板に掲げ、美しき山をずっと撮影してきた。異の念さえ抱かせる神々しい山に対時してシャッターを切ってきた。しかし、それは山のほんのわずかな側面にすぎない。山を写すとは、景色を切り取ることだけではない。
気が付いたのは、三十五年ほど前。石井高明さんという地の炭焼きさんとの出会いからだ。
その仕事をつぶさに撮影させていただいた。山は仕事の場であった。登る山でも禁じる山でもない山が悠然と立ち現れていた。石井さんとの出会いを契機に僕は全国の炭焼きさんを訪ねた。各地の風土に寄り添うように紫煙たなびかせる炭焼きさんを、訪ね回った。
その視座は、やがて炭焼きから山の仕事全般に広がった。一つのきっかけは、当時「山渓情報版」という雑誌で編集長をしていた森田洋さんの「ほかの山仕事も撮影したら」という後押しであった。そのときはまだ山仕事の種類の多さ、奥の深さに気が付いていなかった。
こうして、各地の山仕事に目が向くようになった。すごい仕事ばかりであった。そして、晴らしい人ばかりであった。炭焼きをつぶさに撮影したことが、山仕事をされる方との話の糸口になった。ありがたかった。木の選び方一つでも、話に花が咲く。
それにしても出会った山仕事の一つ一つが、どこまでも文化の塊であった。
本書に掲載した仕事には、もはや、見ることもできない山仕事もあれば、見事に再興を果たした山仕事もある。少しでも多くの人に山仕事の世界を垣間見ていただき、心のどこかに留め置いていただければ、また、山で仕事を重ねる人のわずかな励みにでもなれば、幸いである。
ひたすらに山にしがみついて生きた、山人たちの暮らしが鮮やかによみがえる、著者渾身のルポルタージュ。
古来より山人の暮らしを支えてきた手仕事を一気に紹介。
民俗学的観点からも非常に価値のある記録集。
懐かしいだけでなく、現代にも続く山仕事もあり、そのリアルを骨太な文章で紡ぎ出す。
著者30年に渡るフィールドワークの集大成。
著者プロフィール
三宅 岳(みやけ・がく)
1964年生まれ。神奈川県藤野町(現・相模原市緑区)に育ち、遊び、暮らす。東京農工大学環境保護学科卒。
フリー写真家。おもに山の写真を撮影。北アルプス・丹沢・入笠山などの山岳写真に加え、
炭焼きをはじめ山仕事や林業もテーマとする。著書に『アルペンガイド丹沢』 『雲ノ平・双六岳を歩く』 (山と溪谷社) 、
『炭焼紀行』 (創森社) 。ほかに共著など多数。
発行 山と渓谷社
仕様 208ページ、四六判
送料 210円より発送可能です
内容
ゼンマイ折り 星 兵市・ミヨ夫妻(新潟県旧湯之谷村)、
黒田信一・晶子夫妻(福島県南会津郡)/月山筍採り 渡辺幸任(山形県鶴岡市)/
炭焼き 佐藤光夫(宮城県七ヶ宿町)/馬搬 岩間 敬(岩手県遠野市)/
山椒魚漁 星 寛(福島県檜枝岐村)、平野敬敏(福島県檜枝岐村)/
大山独楽作り 金子貞雄(神奈川県伊勢原市)/立山かんじき作り 佐伯英之 (富山県立山町)/
手橇遣い 大矢義広(岐阜県高山市)/漆掻き 岡本嘉明(京都府福知山市)/
木馬曳き 橋本岩松(徳島県美波町)/阿波ばん茶づくり 清水克洋(徳島県那賀町)